冷静と情熱と音と私

31才、無職になったので音楽ばかり聞きに行ってみた

2020年2月 MET LIVEオペラ "アクナーテン"

 アクナーテンなのか、アクナートンなのか書く度に分からなくなる、

アクナーテン。

BC14世紀に実際に存在したエジプトの王を主役にした今回のMETオペラ。現代音楽で奏でられる、太陽を唯一神とした宗教を布教させようとした王の話。

 

正直、現代音楽はよく分からないから私は苦手としているジャンル。音楽だけじゃなく現代的なものって、あなたは何を伝えようとしているの?教えて!と聞いていても、別にみんなに分からなくていいですから、とクールにあしらわれているように感じるので、少しというか、かなり寂しくなってしまう。なので先日のカルメンのように「ハバネロ」とか「闘牛士の歌」というのがあると非常に分かりやすくて好きなのだ。そういう人、多いのでは?

 

行く予定はなかったのだけど、予告編にある美しいビジュアルに惹かれて行ってしまった。結果、観に行ってすごくよかった!

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原作はアガサ・クリスティの戯曲「アクナーテン」。ファラオの代替わりにあたり、新しい王アクナーテンは今まで信仰されていた多神教一神教変え、首都すらも移転させる。それに反対する権力にまみれた様々な人たちと、純真なアクナーテンや妻ネフェルティティとのこじれていく人間関係や心境の変化がメインの話。

 オペラ化にあたって登場人物を減らし、人物の心情にはなく太陽信仰に重きを置いたのでシンプルなあらすじに。

①アクナーテンの父、アムンホテンプ3世が死に、アクナーテンが王に

②太陽を唯一神とする宗教を布教し、新都市を建設

②美しいネフェルティティと出会い、結婚

③布教ばかりで政治をないがしろにしたため、アクナーテンは反対派(多神教派)に殺害される

と、色恋沙汰が二転三転しがちなオペラに比べたらシンプルな内容。

 

今回用いられたの音楽はオペラやクラシックのコンサートで使われるような音楽ではなく、ミニマル音楽と呼ばれるもの。これは最小限の音をパターン化し、わずかな変化をつけながら繰り返されていく。ドミソドミソとひたすら弾かれる途中で急にドミラに変わる、簡単にはそんなイメージ。個人的にはモダンな練習教本(ハノンみたいな)みたいに思うので、チャイコフスキーのように、このメロディーライン好き!!という風には残念ながらならない。

 

オーケストラもバイオリンを除いた編成で、ヴィオラやチェロの人間の声に近い音域の心地いい音色に包まれる。同じメロディーが繰り返されていると、どことなく宗教的に聞こえてきて、多分音楽だけだったら眠くなっていた。が、ビジュアルがド派手で目が楽しいので全く眠さを感じない。 

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ストーリーはアクナーテンの亡き父、アメンホテプ3世が語り手となり進んでいく。

そもそもこのオペラで歌われる言語はがアッカド語、古代ヘブライ語古代エジプト語、そして時々英語。英語以外のパートでは字幕が出ないし、歌詞の4割ぐらいがAh-と言っている。なので今何を言ってるんだっけ?とか考えるのを一切放棄して、世界の没入することにした。

 

唯一英語で歌われるのはアクナーテンの太陽賛歌のアリア。色も美しく宣伝にもよく使われているシーン。そして何がびっくりしたって主役のアクナーテンの声が高いこと!演じているコンスタンゾはカウンターテナー。声域でいうと男性のテナーよりもより高く、女性の音域を歌う男性なのだ(男性は低いところからバス、バリトンテノールカウンターテナーとなっている)。日本でいうと、もののけ姫を歌う米良美一さんの声域がそれだ。

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ネフェルティティと結婚する時の二重唱も、ネフェルティティが低めのメゾソプラノ(女性は低い声域からアルト、メゾソプラノ、ソプラノとなっている)なので声が混ざり合い、どちらの声か分からなくなる時もあったり。2人が纏う舞台を横断するぐらい程長いトレーンの赤い服も目を引く。

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この演目、動きが全てスローモーションで行われているので、観客は時間の感覚がずれているような気持ちになってくる。それも不思議と心地よい。考えることを放棄していて、目に入るもの耳に入るものを疑いもなく受け入れられる状態で、私を洗脳するなら今だぞ、と思った。これがいわゆる「トランス」状態なのだろうか。

 

そのゆっくりな時間の流れを断ち切るようなスピードで行われる、当公演の演出のキーであるジャグリング。ジャグリングはアクナーテン時代のエジプト壁画には既に描かれていたということから、歴史のあるものだ。ジャグラーはエジプト壁画の一部になったり、王を駆り立てる群衆になったりと役割を変えながらもボールを投げる手はやまない。状況に応じてジャグルのスピードを早めたり緩めたり。床に落としたり拾ったり。

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美しい言語に、不思議な音楽に、豪華な衣装に、ジャグリング。総合芸術とはこういうことをいうのかもしれない。3時間半もあったとは思えない、時空が歪んだ幽玄な夢のような世界を漂っていたような気分。好きとか嫌いではなく、とにかく圧倒的だった。

 

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指揮:カレン・カメンセック

演出:フェリム・マクダーモット

作曲:フィリップ・グラス

出演:アンソニー・ロス・コスタンゾ、ジャナイ・ブリッジス、ディーセラ・ラルスドッティル

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※写真については全てMet live Operaのサイトから拝借。